新宿メロドラマ

安っぽいヒューマニズムは要らない。高いのを持ってこい。

不確実性を生きる我々と、その弁護士。

関西にあっては弁護士に身をやつしているが、一ヶ月に一度、東京へくると周りの全員から「淫獣」と蔑まれている男(男というか、つまり弁護士であるが)がやってきた。



今回の我々にはあまり面倒な問題もなく、午前中だけ一緒に仕事をしたら午後は彼なりに自由行動で、夜になったら再会して夕食をご接待申し上げる予定であった。

なんとなれば私は酒も遠ざけねばならぬほどの体調不良のただなかにあり、相手なる先生は昨夜、他の顧問先に朝まで引き回され、体中の穴という穴から酒の臭いが立ちのぼるような状態にあって、無理は利かないからである。


ところが正午をまわった頃、唐突に一大トラブルが発覚し、すべての処理が完了したのは午後8時をまわった頃であった。

最近控えていたたばこがその頃にはすでに三箱目を超えていた私は明らかにろれつが回らなくなっていたが、弁護士は本格的な二日酔いを発症し、二言目には

「わたし、今日はほんまは山手線でちょっと行ったところのええ店で『15時からのご案内』ちゅうやつやったんですわ。それがまさかこんなハメになるとは・・・」

と恨み言をこぼすようになっており、双方供に目も当てられぬほど疲弊していた。


三十分後。

我々は数名で、ガード下の汚い中華屋にあって餃子をつついている。

たしかに腹は減っていたし、用意していた夕食の予約をキャンセルした以上、もうそこしかなかったのである。

弁護士の先生は、陽気だ。

二日酔いを一日中ひきずって、激務のあとの迎え酒だ。

口をつけただけでも勇敢、というか蛮勇の域に入ろうが、そのお心意気に感じ入った私は彼に猥談ばかりをさせておくのも何かと考え、また彼が弁護士であることを今一度確認したい気持ちもあって、ある問題について彼の法的見解を尋ねてみた。

「適法だとお考えですか、それとも法的に問題があるとお考えですか?」

顎を胸に沈めて一瞬考えた後、おもむろに彼は応えた。



「その問題に正解は、ないですわ」



法学の深淵をのぞき込むような応えだ。

ところがしかし知的な意味ではもはや無政府状態であった我々の耳にこれはひどく滑稽にひびき、あははと我々は腹を抱えて笑う。

法律が完全でない以上、弁護士もまた完全ではありえないというわけか。愉快だ。

と、気を許すと途端に弁護士がまた繰り言を云う。

「今日、わたしはほんまは15時に予約したお店に行くことだけを楽しみにおったんです。それがおじゃんに・・・・・」

くどい。と思う間もなく私が云ってしまっている。


「先生、その店の適法性についてはどのようなお考えをおもちなんですか」



あっはははは。

笑ったのは先生だけだった。


その問題に正解はない、というわけだ。


「法律の抜け穴」という言葉は根本的に誤った考え方からできている。

法律は現実にフタをしたりはしていないし、そんなことができるほどこの世界はちっぽけではない。

むしろぐるりを広大な「現実」に取り囲まれ、ぽつりと孤立し、震えながらもそこを動かずにいる勇ましいちびのトースター。

法律なぞその程度の存在なのだ。


行きつけの我々に店が焼いた椎茸を出した。

その晩はもう誰も、法律の話をしようとはしなかった。