新宿メロドラマ

安っぽいヒューマニズムは要らない。高いのを持ってこい。

エロゲの品質がものをいう( Quality matters. )。

国際人権団体が日本のアダルトゲームメーカーが販売していたゲームソフトをやり玉にあげ、「レイプや中絶をシミュレートするような内容のゲームを野放しにしている」と日本政府を非難するキャンペーンを展開したという報道。

YOMIURI ONLINE(2009年5日8日)

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090507-OYT1T01111.htm

抗議の声をあげた「国際人権団体」は

イクオリティ・ナウ

http://www.equalitynow.org/ ※日本語サイトなし。

やり玉にあげられたゲームは

「レイプレイ」

http://www.illusion.jp/preview/rapelay/index.html ※ページはメーカーによって削除済。

イクオリティ・ナウ」の主張は日本政府が「女性差別撤廃条約」(1985年)に則ったしかるべき義務を果たしていないというもので、メーカーを直接非難しているわけではない点に注意。

規制が存在しないことについて政府の努力義務違反を追及するという姿勢こそが理性的であるということだ。

呼応した国内の人権団体はメーカーへの働きかけを始めたというが、法的根拠をもたないこうしたアクションこそが倒錯的というべきであり、彼らは自分たちが目的のためには手段を選ばないタイプの人間であることを自覚した方がよい。

*  *  *  *  *

ところで件のメーカーは「イリュージョン」( http://www.illusion.jp/ )で、サイトをのぞいても分かるとおり、卓抜した技術に研鑽を積み、3DCGに特化したラインナップで縮小しつつあるエロゲ業界を生き残る特異な会社である。


ご存じない方(というか興味のない方)も多かろうが、エロゲ業界には黄金期が存在した。

それは1980年代の末期にアリスソフトの「D.P.S.」というシリーズに代表されるような作品群が、画期的なシステム(単にゲームオーバーという概念をエロゲに導入したにすぎないが、これこそがまさにコロンブス的発想であった)を世に問うて以降の10年間だ。


昨年ゆえあって、さるエロゲメーカーと仕事をすることができた。

先方の紳士は私の問いに答え、穏やかな口調で「それはバブルの時代でしたから、どんな商売も景気はよかったですよ・・・」などとおっしゃるが、その後に続いた話こそが、ことの本質をのぞかせる。

それは即ち、過去20年あまりを振り返ったとき、価格が破壊されていないモノはエロゲだけだというテーゼである。

ドンキホーテへ行こう。100円ショップでもいい。

薄型テレビから野菜まで、あらゆるものの廉価版がきみを待っている。

ところがエロゲには廉価版が存在しないのである。

車に「型オチ」が存在するように、昔のタイトルが廉価版として再発されることはもちろんある。

だが既存の市場における相場価格を大きく下回る「新作」が発売されることはまずないと彼は云う。

それはつまり、過去にそうした試みが他ならぬ市場そのものによってことごとく拒絶されてきたからだと。

「いいものを作るのには当然コストがかかるんです。だからちゃんとしたゲームを作ると高くなる。お金をかけずに安くで作って安くで売ろうと思っても、エロゲをプレイする人というのは、そういったものには食いつかないんです」

だからあの未曾有のデフレスパイラルのなかでも、エロゲの価格だけは破壊されなかったというのだ。

「同人カルチャーの盛り上がりに伴って、メーカーで働いていたイラストレーターやプログラマシナリオライターは同人の方へ流れていった。ゆえに業界の売上は激減しても同人の世界におけるエロゲマーケットは急速に膨張しているはずです。ただしそれでも全体としてはおそらくシュリンクしているというのが実情でしょう」

冷静に判断をくだす彼は、そんなお寒い状況だからこそ自分たちはクオリティだけを信頼して何とかやっているんですと、静かに語った。

だがあくまでも謙虚な彼の言葉の意味するところは明確だった。

「この業界にはクオリティが存在し、それが値崩れしないことは歴史が証明した」。

我々は彼と彼の会社に対してどのような戦術も通用しないことを知り、深く恥じた。

多忙なはずの氏は我々が用意した渋谷の料亭で数時間にもわたり色々なエピソードを聞かせてくれたあと、「次はこんなところじゃなく、居酒屋みたいなところで結構ですから」と穏やかに笑いながら席を立った。

Quality matters.

夜の街へ出たあとも、生身の言葉が腹の底で得体の知れない、だが決して不快ではないかすかな熱を放ち続けていた。