新宿メロドラマ

安っぽいヒューマニズムは要らない。高いのを持ってこい。

ダッカ2010。

夕方5時のシンガポールチャンギ空港は閑散としていた。


トランジットは1時間しかないし、シンガポール航空の航空券には「出発10分前までにゲートへこなければ、お前を置いて飛行機は飛ぶ」と、心なしかシンガポールらしいと思われる警告が記されているから、タバコはやめているというT氏の許しを得て急ぎ喫煙所にこもり一服した。




空港内を走るトラムでターミナルを移動する。ムービングウォークを乗り継ぎながら延々と歩いて、もういよいよこの先は何もありませんという見捨てられた地の果てのような場所に目指すゲートはあった。「Dhaka」。もう日本人の姿は見えない。


手荷物の保安検査を受け、中型機の機内へ乗り込むと、新鋭機に慣れた目にキャビンの照明は薄暗かった。そとはあっという間に夕闇が追いついてきている。


どこかで赤ん坊の泣き声がした。搭乗中であわただしい機内を見回すと、サリーをまとった母親やその娘がそこここで離陸を待っている。短距離便の趣があった。


飛行時間は4時間内外と決して長くないが、到着予定が20時を大きく回るものだから、離陸してすぐ夕食の準備が始まった。何も悪いことはしていないはずなのに、周囲の乗客がもう食事を終えようかという頃になっても我々は「チキンですか、マトンですか」と訊かれることもないままに放置された。

おいシンガポール航空、とは思ったが、そこはシンガポール航空だ。事情があるに違いあるまいと我慢している(そもそもさっきカレーを食ったばかりで腹が減っているわけでもない)と、やがて何事もなかったかのようにサービスが始まった。

ジャイアントコーンのまんなかに真上からキットカットをぶっ刺したという奇妙なデザートをかじっていると、僕の隣をひとつ空けて窓際に座っていたT氏が教えてくれた。


「いま乗務員がシートのヘッドレストに貼られたシールを剥がして回っているでしょう。あのシールは事前にムスリムだと登録したひとを表すマークなんです。ムスリムは食事にまつわる戒律が厳しいですから、あのシールを目印に、ムスリム・ミールをサービスする人と、通常の機内食で構わない人を見分けているんです」


合点する。我々だけが不遇にあると感じたのは、即ち機内にはそれほどイスラム教を信仰する人々が多かったということなのだ。はじめてイスラム圏へ旅する私にとって、「文化としてのイスラム」とのこれがファーストコンタクトであった。

日本では話題にあがらない常識その1だ。ムスリム・ミール


我々の気にしないことをとても気にする人たちが世界中に大勢いて、そのために用意されたシステムが説明もなしに機能しているのだった。そのシステムの想定外にある存在として、自分が異邦人であることを強烈に意識した。


機外はすでに夜だったが飛行時間がさして長くないこともあり、機内の空気は落ち着かなかった。

飛行機を降りたらどこへ向かって、誰に会ったら何を話して、何をして、今夜は何時に寝られるのだろうか。

誰もがそんなことを考えながらじっと辛抱強くシートに身体を縛り付けているのが見なくてもよくわかった。この便の乗客は着陸を待っているのではなく自分の生活が再開するのに備えているのだった。


暗闇のなか飛行機は着陸した。

入国審査を終えると空港のオフィシャルがT氏の名前を書いた紙を掲げて近寄ってきた。迎えが手配してくれたのだ。

T氏のスタッフやその知人である10人近くの人々と一通り挨拶を交わす。到着ロビーの車寄せでは何を云うでもなく物欲しそうに寄ってきては離れていく背の低い少年の姿がある。向こうのフェンス越しに立ち並ぶ住民たちも物云わぬまま、いつまでもこちらを見つめていた。

白々とした蛍光灯の灯りの下、蚊の飛び交うのが妙に珍しく感じられた。

2月のダッカはすでに冬を越え、夜9時を回っても暑気のまとわりつくなか静かに我々を迎えた。