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新宿メロドラマ

安っぽいヒューマニズムは要らない。高いのを持ってこい。

まどのせさんにお薦めする本。

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ゲーム脳」というのは何だろうねという話だが、それは恐らく、

「ストーリーや設定、『想定された遊び方』にかかわらず、あらゆるミッションをアルゴリズムと反応速度の問題へ還元することで純粋に勝利だけを目的化する態度」

といったあたりで及第点だろう。

問題はもちろん、これを現実社会、日常生活のなかでやるひとがいることだ。

「問題は」と云ったが、実際には特に問題でないばかりか意外とうまくやれることも多いんですよね、という話をまどのせさんとしていた。

まどのせさんというのは、通勤にかかる時間が惜しいので会社から1分のところに住んでいるとか、ダイエットするのにザバスウェイトダウンとスティックシュガーで生活していたとか、要するに物理法則で説明できないことはすべてまやかしか気のせいだと本気で思っているひとだ。あまり風邪もひかないっぽい。

僕はどちらかというと正反対で、敗北にすら好みの味付けをして「今夜のお酒にあう…」などと抜かすタイプなので、そもそも勝利への欲望自体あまり強くないし、だから得意なゲームもない。敗北は数えてない。

そんなわけで僕はまどのせさんのことを少なからず尊敬しているのだが、このひとに「これでも読んどけという本をいくらか紹介してください」と云われたので、恥を忍んでピックアップした。

ちなみに僕はまどのせさんの読書性向については以下の事実しか知らない。

それではいってみたいと思う。

 

1. 「外交 上・下」(ヘンリー・キッシンジャー日本経済新聞社

外交〈上〉

外交〈上〉

 

パワー・ポリティクスの権威であり、ニクソン政権で大統領補佐官を務め、中国との国交正常化を主導したヘンリー・キッシンジャーによる外交の教科書だ。

「パワー・ポリティクス」とは、簡単に云えば「敵の敵は味方」という奴で、これを「当たり前だろう」と思うか、「何云ってるの?」と思うかで人間のタイプは大きく二つに分かれる。

つまり神も仏も、理想も理念もなく、ただ「俺の国が勝ち残ることだけが正義」と腹をくくったゲーム脳の君主や外交官たちが、その時々の利害得失だけで同盟関係を結んでは解消して繁栄を奪い合っているとみるのがパワー・ポリティクスのフレームワークなのだ。

だから「核兵器廃絶」とか、「シリアは(人道的に)超えちゃいけないライン考えろよ」とか、アメリカの勝利条件に関係ないことを云ってしまったオバマはフルチンのガキ扱いされてきたわけだ。

一方歴史的には、ルイ13世のフランスで宰相を務めたリシュリュー枢機卿が最初にゲーム脳に感染し、やがてイギリス人が大々的にもらうというのがキッシンジャーのストーリーだから、この二大国がいまだに「フレカス」「ブリカス」と云われるのに比べ、「スペカス」「ゲルカス」とかはあまり云わないのにはこのあたりに理由がある。

つまりフランス人やイギリス人にとり、自分たちが繁栄し続けることこそが絶対なのであって、少なくとも外交においては正義も人道も倫理も文字通り二の次なのだ。一方の我が国はといえば、「アジアの解放」などと理念を謳って大陸へ侵出した果てにぶっ潰されて、以来アメリカの占領下にある。勝利条件を正しく把握しないプレイヤーは勝てないということだ。

とまれ、このパワー・ポリティクスこそが国際政治の本質だというキッシンジャーが、リシュリューのフランスから現代にいたるまで、時と場所を変えながら、その姿を追いかけるのが「外交」上下2巻だ。それはまるで、「BLOOD+」の小夜がディーバ一族の巻き起こす悲劇を追いかけて300年の時をさまよう姿であり、各地で頻発するジェノサイドの陰にジョン・ポールの姿を求め、クラヴィス・シェパードが旅する「虐殺器官」の世界だ。

 

問題があるとすれば、「外交」は日本ではすでに絶版になっており、マケプで買わなければ手に入らないということと、上下巻ともに600ページを超える大作であり、重くて持ち運びには適さないことだ。寝転んで読むのにもあまり向かない。

あと、こちらにも書いたが僕も「外交」を全部は読んでいない。ただし引っ越すたびに持ち歩いているし、いまはボストンにもある。

それからキッシンジャーといえば昨年、日本では「外交」のアップデート版ともいうべき「国際秩序」が出版された。こちらは内容も「冷戦終結以降の世界におけるゲーム脳とこれから」といったものだからいくらか親しみやすいといえるし、何よりKindle版が存在する。こちらは僕も読み終えた。

どちらも決して読みやすい書物とは云えないが、よく知らない世界についてしっかり勉強してみたいという志をお持ちの方にはぜひともお薦めしたい。

何年かかってもいいんだ。何度もチャレンジしようじゃありませんか。

 

2. 「帝国の逆襲 金とドル 最期の闘い」(副島隆彦祥伝社 

1923年生まれのキッシンジャーはいまだに健在であり、2016年の米大統領選が佳境に差し掛かった5月にドナルド・トランプをニューヨークの自宅へ呼びつけてユダヤ・ロビーからの支持を授けたと副島隆彦が主張している。

中露に対し好戦的な姿勢を崩そうとしなかったヒラリー・クリントンネオコンの巨頭ともいうべき候補であり、当選の暁には必ず戦争を起こしたであろうという見方は一般のアメリカ人の間にも根強い。

これを懸念したデイヴィッド・ロックフェラーの命を受けたキッシンジャーがその日、何らかの確約・条件と引き換えに、トランプ候補に大統領の座を約束したというのが副島隆彦の読みであり、「ユダヤ・ロビーの大物の息子」だという娘婿・ジャレッド・クシュナーに伴われてキッシンジャーの自宅を辞するトランプの写真を掲載した「トランプ大統領とアメリカの真実」で彼は「ドナルド・トランプが大統領になる」と看破した。

とにかく「トンデモ本」を乱発するイメージの強い副島だが、佐藤優はどんな弱みを握られているのか「副島は米国のメディア・人脈から直接情報を引っ張ることのできる日本では数少ない評論家であり、インテリジェンス業界の人間」とかねてより高く評価しており、「トランプ勝利」を事前にはっきり予言したのは彼だけだろうと賞賛している。

ちなみに「トランプ大統領とアメリカの真実」が出版されたのは、実際にトランプがクリントンを破って大統領に当選する実に5ヶ月前のことであった。他方、私はといえばその2ヶ月前に「ヒラリー当選待ったなし」というブログを書いた結果、大恥をかいて謝りもせぬまま放置してある。

そこで何かと毀誉褒貶の激しい人物とはいえ、ここは副島隆彦の書籍を一冊紹介しておく。

副島隆彦は口述筆記でもしているのか、とにかく中盤以降で激してくると普通に言葉遣いがヒートアップしてくるところがいい。さらに最近では陰謀説・危機説を唱え続けて疲れがきたのか「私にだって生活者なりの苦労もあり、そろそろ厳しい」とか「誰も耳を傾けてくれないまま何十年経った」みたいなことを挟むようになってきて味わいが増した。ドナルド・トランプの当選を見事云い当てた前掲書も悪くないが、「帝国の逆襲 金とドル 最期の闘い」などが僕は気に入っている。

また、「見事云い当てた」とはいうものの、副島は昨年さらに「ヒラリーを逮捕、投獄せよ Lock Her Up !? ロック ハー アップ」という書籍を出版、「ヒラリーは投票日を待たずに逮捕、投獄され、獄中から大統領選を継続する」という予言を重ねて、ハズした。勝ちにこだわらない姿勢にも好感を抱いている。

キッシンジャーが仕えたリチャード・ニクソン大統領が金とドルの兌換停止を発表し、アメリカを中心とした世界がついに完全な管理通貨制度へ移行してから、まもなく半世紀が経とうとしている。

この間、「通貨の価値は何が決めるのか」という問いにまともに答えられた人間は存在しない。なぜならそれはなんとなく「ドルは大丈夫」だとみんなが思っている共同幻想に支えられたシステムに他ならないからだ。

だが膨張し続けるドル経済圏をアメリカ一国が支え続けることは困難だと考えられるようになってきており、「ドル基軸体制」が瓦解したとき(それはもしかしたら「ニクソン・ショック」のようにある日突然やってくるのかもしれない)、一時的にせよ世界が金本位制へ復帰する可能性があると考えるひとたちがいる。

こうした懸念をひとつの材料に、ドイツ連邦銀行がアメリカに預けている金(ゴールド)を返還するよう要請したが、なんとアメリカはこれに応じることができなかった。これは各国から預かって保管しているはずの金を、アメリカが秘密裏に売り払ってしまったからだと見る向きがあり、ドル不信が高まる。

ロシアや中国はすでに米ドルによる「外貨準備」の一部を「金準備」に切り替えるべく断続的に市場で金を買い集めていることが分かっている。

しかしそれにもかかわらず市場で金の価格が上昇していかないのはなぜか。

それこそは米ドルによる覇権を維持するため、ETF空売りを通じて金価格を抑え込むオペレーションをアメリカ政府が行っているからだと副島隆彦は主張する。これが「金とドル 最期の闘い」だというわけだ。

 

情緒的な予定調和に期待して腰を振る強く儚き者たちが物理法則によってあっけなく破壊されるのはまどのせさんお気に入りのコメディだが、だとすれば幻想の米ドル基軸体制が信用の失墜によって惑星ごと破壊され、基軸通貨なき世界へ帰する様こそはその壮大なバージョンだといえる。

海外の報道を引きながら同様の近未来史を描こうとするのは田中宇の「金融世界大戦 第三次大戦はすでに始まっている」。ロシア・中国は米ドルに拠って立つ通貨体制に見切りをつけており、その切り崩しを図っているという見立て。海外版はジェームズ・リカーズの「ドル消滅 国際通貨制度の崩壊は始まっている!」(朝日新聞出版)。こちらは各国中央銀行が買い増している金の量を推計し、準備に対する比率を算出している。「あなたも自分の資産に対して同様の割合で金を保有しておけば、通貨制度の崩壊にあたり、国家と同じ生存戦略に相乗りできる」というわけだ。これをゲーム脳と云わずしてなんと云おうか。また、推奨ポートフォリオには同時に「美術品」も含まれている。

このあたりの作品は、過去に以下のエントリーでも紹介していた。


3. 「この胸に深々と突き刺さる矢を抜け 上・下」(白石一文講談社

講談社の創立100周年記念事業として出版された読みやすい小説。

ゲーム脳に悩む(あるいは悩まない)経済学者の世界において、わけても症状が重篤だったミルトン・フリードマン。あまりに有名な「神の見えざる手」というアダム・スミスのアイデアを遙か彼方まで突き詰めた結果、「政府は明確な犯罪以外は何も規制するべきではない」という境地に達し、ロナルド・レーガン大統領が推進する新自由主義の理論的支柱を提供することになった真性のゲーム脳だ。

本作では、週刊誌の編集長を務める主人公が、幼くして逝った息子の幻影と、その死に背を向けてリベラリズムに逃げ込む妻、自らの癌と極めて生物的な性を見つめながら、各章に配された独白でミルトン・フリードマン、それから小泉純一郎の提唱する新自由主義を淡々と批判し続けるという一風変わった構成をもつ。

「淡々と」というのはつまり、「保守 vs リベラル」の論争にありがちな「ロジック vs 感情論」「利益 vs 価値観」ではなく、「強い者が自由を享受し、勝利へのモチベーションを維持することで弱者もまた最適に幸福を得る」という保守のロジックに対し、主人公もまた極めてロジカルに批判を展開することを意味する。

金持ちが貧乏人のために働かねばならない確かな理由がある。 マルキシズムの復活を防ぐためだ。  

ナカヤマのような男は、たとえば自分が秀才だという現実が、彼より勉強のできない多くの人間の力によって支えられていることが分かっていない。美人が自分だけの力で美しいと自惚れているようなものだ。美人が美人でいられるのは、彼女より醜い女性が大勢いるからにすぎない。 

内閣府が発行している『障害者白書』の平成一八年版によれば、「現在、日本全国の障害者数は、約六五五万九〇〇〇人」となっている。その内訳は、身体障害者が約三五一万六〇〇〇人、精神障害者が約二五八万四〇〇〇人、知的障害者が約四五万九〇〇〇人だ。

しかし、この知的障害者の総数は、非常に疑わしい。

人類における知的障害者出生率は、全体の二%から三%といわれている。だが、四五万九〇〇〇人だと、我が国総人口の〇・三六%にしかならない。欧米各国では、それぞれの国の知的障害者の数は、国民全体の二%から二・五%と報告されているのだ。「日本人には知的障害者が生まれにくい」という医学的データは、どこにもない。要するに、四五万九〇〇〇人というのは、障害者手帳所持者の数なのである。現在、なんとか福祉行政とつながっている人たちの数に過ぎない。本来なら知的障害者は、日本全国に二四〇万人から三六〇万人いてもおかしくないはずである。

結局、知的障害者のなかでも、その八割以上を占めるといわれる軽度の知的障害者には、前述したような理由から、福祉の支援がほとんど行き届いていない。したがって、障害が軽度の場合は、あえて障害者手帳を取得しないケースも多くなる。現状では、軽度知的障害者が手帳を所持していても、あまりプラスはなく、単なるレッテル貼りに終わってしまうからだ。

こうして、数多くの知的障害者が、生まれながらの障害を抱えていながらも、福祉と接点を持つことなく生きているのだ。もともと、社会や他人と折り合いをつけることが不得意な人たちだ。だんだんと社会の中での居場所を失い、それに貧困や虐待やネグレクトといった悪条件が重なれば、すぐに刑務所に入るようなことになってしまう。

このように主人公は、競争環境を守るための「自由」などはそもそもがまやかしであり、その結果として健全な競争社会が実現するなどは人間の本質を無視した机上の空論であるとフリードマンを追い詰めていく。

しかしこの小説をもっとも興味深いものにしているのは、こうした論を展開しながらも自身は壮絶な社内政治を生き抜き、政界を向こうに立ち回ろうという主人公が最終的にたどり着く境地だ。そこでは「自由競争と結果平等」「伝統と革新」といった、従来の保守とリベラルの対立軸がもはや社会に均衡をもたらさなくなっていることが明らかにされる。

この問題は、実は先の米大統領選でドナルド・トランプに勝利をもたらした一因であり、彼の勝利がきわめて予測しにくいものであった一因でもある。もはや(米国の)社会は従来のマトリクスでは充分に捉えきれなくなっているということを多くのインタビューから読み解く「アメリカ政治の壁――利益と理念の狭間で」(渡辺将人/岩波新書)を併せ読むと理解が深まる。

 

4. 「アンダーワールド」(ドン・デリーロ/新潮社)

アンダーワールド〈上〉

アンダーワールド〈上〉

 

いつものように世界に先駆けてぶっ壊れつつあるアメリカの戦後一大叙事詩ともいうべき小説。ぶっ壊れつつある社会つながりとして。

1997年に刊行され、十字架の向こうに屹立する世界貿易センタービルの写真を表紙にした本書は、

「このビルがぜんぶ粉々に崩壊するのが目に浮かびませんか?」

彼は俺の方を見た。

「それがこのビル群の正しい見方なんだと思いませんか?」

という一節を腹に抱えている。

それはもちろん、ツインタワーが同時多発テロによって実際に崩壊する前のことだ。 

つまらぬ符牒を「予言」などとあげつらうことには編集者以外、みないささか居心地のわるさを感じるものだが、本書に限っては、戦後「アメリカ社会の不安」の本質は決してソ連から飛来する弾道ミサイルではなくアメリカの繁栄そのものに内在したというデリーロの執拗な筆致をもって、本書刊行以来つづく恐怖と混乱の連鎖を予言したと云っても決して過言ではないだろう。

これもまた上下巻ともに600ページという大作だが、いま見たらKindle版が存在しており「『アンダーワールド』をベッドに寝転がって読める時代か…」と怖れをなした。

 

5. 「ゴッドスター」(古川日出男/新潮社)

ゴッドスター

ゴッドスター

 

この頃、小説にとってはスピードだけが価値だと思っていた、という古川日出男による読点(「、」)のない小説。改行と句点(「。」)だけで構成されている。この姿勢をゲーム脳と云っていいのかはやや考えるところだが、「走って殴ってザバス飲め」というまどのせさんの座右の銘にはふさわしい作品、そして作家だと思う。

僕もまた古川日出男の小説のいくつかが大好きだったのだが、それは「13」「沈黙/アビシニアン」「ベルカ、吠えないのか?」「ハル、ハル、ハル」ときて、この「ゴッドスター」で一段落してしまった。要するに僕がスピードについていけなくなったということなのだと思う。

なのですみません、まだどれも読んだことのない方には「ベルカ、吠えないのか?」がお薦めです。

 

6. その他の小説

さて、大上段に構えてお送りしてきたこのエントリーも書き手の限界を迎え、あとはただただ好きな小説をご紹介する恥ずかしい段階へきたようだ。

まず、以下のエントリーでご紹介した「ブルー・シャンペン」(ジョン・ヴァーリイ/ハヤカワ文庫)。

 

エントリーのなかで何度も云っているが、本当に恥ずかしいリストはこちらだ。


あと、こちらで紹介していた「ゴースト≠ノイズ(リダクション)」(十市社/東京創元社)も好きだ。

学園ものライトノベルの構造なのに、プロットと筆力でライトノベルから一歩踏み出している。

こういう作品を「たかが叙述トリック」みたいに云ってしまう風潮が僕は好きではない。なぜなら僕はそういうのに気付かない読者だからだ。

 

以上、長くなったが誰かに本を薦めるのはなかなか緊張するなと思った次第。

ザバス ウェイトダウン ヨーグルト風味【50食分】 1,050g

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